環研究圏擬装網

北海道の大地で研究と趣味に勤しむへっぽこの備忘録。

Porocottus属について

他の魚類分類学的な話をされているブログで見かけた記事の備忘録的な話。

 

日本には、というより主に北海道に生息するPorocottus属という分類群のカジカ上科の魚類がいるのだが、その属の和名はクロカジカ属というらしい【例えば日本産魚類検索図鑑第3版(2013)】。

しかしどこの図鑑にもクロカジカを示したそれらしい種が見つからなかったのだが、どうもPorocottus nigrescens Tanaka, 1908 らしく、樺太半島から採集された標本に基づく記載で、現在では日本産魚類ではないらしい。

 

田中茂穂. 1908. 飯島博士採集南部樺太の魚類に就て(第三版付). 動物学雑誌, 20(232): 33-47.

(田中茂穂先生か……)

 

そしてさらに、文献を読むことはできなかったのだが、このクロカジカはニシオジギカジカMegalocottus taeniopterus (Kner, 1868) の新参異名であるらしい。

 

Parin, N.V., Evseenko, S.A. & Vasil'eva, E.D. 2014. Fishes of Russian Seas: Annotated Catalogue. KMK Scientific Press, Moscow v. 53: 733 pp.

Dyldin, Y.V. & Orlov, A.M. 2017. Ichthyofauna of Fresh and Brackish Waters of Sakhalin Island: An Annotated List with Taxonomic Comments: 3. Gadidae-Cryptacanthodidae Families. Journal of Ichthyology, 57(1): 53-88.

(Parin,N.V.の分類体系への姿勢が分からないが、先輩のいう話では前者の論文の主張はあまりよろしいものではないらしい……原文が読みたいものである)

 

Porocottus属の魚類にはフサカジカPorocottus allisi 、イトフサカジカPorocottus tentaculatus 、カンムリフサカジカPorocottus coronatus の三種が含まれており、いずれもフサカジカとして和名が共通している。先述の論文が正しければクロカジカ属Porocottusにはクロカジカが含まれておらず、そもそもクロカジカという種が消失しているためにPorocottusの和名は改称されるべきであり、おそらくフサカジカ属という和名が付くのが妥当だろう。

 

ところで北海道の東側、千島列島などで見られるという日本産唯一のOligocottus属であるブチカジカOligocottus maculosus は中坊ほか(2013)では第一背鰭に皮弁がある(房状でない)という特徴からPorocottus属とは区別されているが、どの程度違うのだろう?

どちらも浅海性のカジカであるし、第一背鰭に皮弁があるという特徴は非常に珍しいような気もするのだが、形態学的な見解を示したYabe(1985)ではあまり近縁種とは言えないという結論になっているようである。分子分類学的な見解を示したSmith and Busby(2014)も結果は異なるものの、やはりPorocottus属とOligocottus属はそれほど近縁ではないという結論に達している。

 

Yabe, M., 1985. Comparative osteology and myology of the superfamily Cottoidea(Pisces: Scorpaeniformes) and its phylogenetic classification. Mem. Fac. Fish.Hokkaido Univ. 32, 1–130.

Smith,W.N. & Busby,M. S. 2014.Phylogeny and taxonomy of sculpins, sandfishes, and snailfishes(Perciformes: Cottoidei) with comments on the phylogeneticsignificance of their early-life-history specializations:molecular phylogenetics and evolution 79 (2014) 332–352

 

日本産ブチカジカOligocottus maculosusの詳しい情報がないので、正直自分が研究したい……先行研究がないことを祈る(?)

 

 

ハマトビウオ属についての所感 ウケグチトビウオとオオメナツトビについて

先日から標本を見ているが、そのうちトビウオの標本が現在最も悩みの種として私を苦しめている。

トビウオ類はダツ目Beloniformesトビウオ科Exocoetidaeに分類される硬骨魚類であり、California Academy of Sciencesのカタログでは世界に7属75種が有効種として存在しているようである。まあそんなことは現在問題ではない。

日本で多くみられるトビウオはそのほとんどがハマトビウオ属Cypselurusに含まれている。例えばトビウオ、ハマトビウオ、ツクシトビウオ、ホソトビウオなどだが、このうちツクシトビウオをはじめとする種はCheilopogonに分類されていることがある。それどころか、ハマトビウオでさえCheilopogonに分類されていることさえある。まだ文献を漁り切っていないので何とも言えないが、どこでその分類が揺れているのだろうか? 例えば北海道の魚類全種図鑑(2020)ではCypselurusが有効属として用いられているが、本村(2021)ではCheilopogonが採用されている。後者ではCypselurusを無効とは扱っていないようだが、その線引きは少々曖昧である。

 

本村浩之(2021),日本産魚類全種目録.これまでに記録された日本産魚類全種の現在の標準和名と学名.Online ver. 9.https://www.museum.kagoshima-u.ac.jp/staff/motomura/jaf.html

尼岡邦夫,仲谷一宏,矢部衞(2020),北海道の魚類全種図鑑,北海道新聞

 

本題に移ろう。

とにかく、まだ定かでないということはどちらの見識を採用したかを明記すれば良いわけで、それほど問題にもならないのかもしれない(すっきりはしないが)。問題はタイトルにも書いたウケグチトビウオとオオメナツトビである。ウケグチトビウオCypselurus longibarbus  (Parin 1961) は私の見るべき標本の中にもあるわけだが、このウケグチトビウオがオオメナツトビCheilopogon unicolor (Valenciennes 1847) の新参異名ではないかという論文を発見した。

 

SHAKHOVSKOY, I. B., & PARIN, N. V. (2019). A review of the flying fish genus Cypselurus (Beloniformes: Exocoetidae). Part 1. Revision of the subgenus Zonocypselurus Parin and Bogorodsky, 2011 with descriptions of one new subgenus, four new species and two new subspecies and reinstatement of one species as valid. Zootaxa, 4589(1), 1–71. https://doi.org/10.11646/zootaxa.4589.1.1

 

Abstractしか現時点では読んでいないが、自身が新種記載した種を否定しているわけである。それなりの証拠と論理があるのだろう、論文が入手できればぜひ読んでみようと思う。

ただ、これが本当ならこの標本はオオメナツトビとなるのだろうか? 北海道での記録は見たことがないが……

 

そしてもう一つ。たった一個体のためにこれだけ時間をかけるのは正直無駄である。正確な研究発表をする上では重要かもしれないが、終わらないのでは話にならない。

この線引きも重要である……。