環研究圏擬装網

北海道の大地で研究と趣味に勤しむへっぽこの備忘録。

ツキミシビレエイと私たち

突然だが皆さんはツキミシビレエイTetronarce formosa (Haas and Ebert,2006) をご存じだろうか? 本種はヤマトシビレエイ属Tetronarce に分類される軟骨魚類である。本属は近年までTorpedo の亜属とされてきたが、2013年に属に変更されている。Torpedo は和名としてヤマトシビレエイ属があてられていたが、Torpedoに日本産種はいないため、Tetronarceがヤマトシビレエイ属として呼称されるのが適切である。

 

Ebert, D. A. and M. F. W. Stehmann. 2013. Sharks, batoids, and chimaeras of the North Atlantic. FAO species catalogue for fishery purposes. No. 7. rome, FAO. 523 pp.

 

それはさておき、日本産ヤマトシビレエイ属はこれまで2種であるとされてきた。ゴマフシビレエイT.californica (Ayres, 1855)とヤマトシビレエイT.tokionis (Tanaka,1908)である。ツキミシビレエイは台湾固有種とされており今まで日本には分布していないことになっていたが、どうもヤマトシビレエイだと思われていた個体の中にツキミシビレエイが混じっていたことが明らかになっている(このような種を隠蔽種という)。

 

萬代 あゆみ, 松沼 瑞樹, 本村 浩之. 日本初記録のヤマトシビレエイ科魚類 ツキミシビレエイ(新称)Tetronarce formosaと本種の標徴に関する新知見,および近縁種との形態比較. 魚類学雑誌. 2017年64巻2号 p.157-170 

DOI: https://doi.org/10.11369/jji.64-157

 

なぜこんな話をしたかというと、私が見なければならない標本のうちにヤマトシビレエイがあったからである。まだ実物を見ていないが、もしツキミシビレエイなら当然北限記録となるだろう。上記の研究では分布の北限は茨城県沖のようであるが、比較的広範囲に分布しているようで、そもそも確認例が少なく十分な知見があるとは言えない。このような情報も仕入れなければいけないのだ。

比較的種同定は容易なようで、尾鰭の後縁が湾入しているかどうか、そして最大体盤幅と吻端から総排泄孔までの長さの比(つまり、体の形)で判別可能なようである。

 

しかし、こんなにも容易に種判別が可能にもかかわらず隠蔽種として考えられていたのも面白い。地域変異や成長変異などだと考えられていたのだろうか? 私たちは先入観なしに、成長変異などだと決めつけずに標本を見るべきであるのだろう……

 

まあなんだとしても、見る標本が一体どちらなのかドキドキである!