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北海道の大地で研究と趣味に勤しむへっぽこの備忘録。

【備忘録】フグ類の学名と国際動物命名規約

そろそろ院試も近づいてきた。私の希望する研究室は分類学が主なため、おのずと院試の勉強はそれらに傾倒する形となる。つまり研究に関わる調べ物をしている今まさに勉強の真っ最中というわけだ。この勉強中あるいは研究中にふと見つけた事例を基に、学名に纏わることついてまとめてみようと思う。

まず一つ。院試で問われやすいものとして国際動物命名規約がある。

国際動物命名規約はその名前が示すように、動物の名前を命名する際に用いるルールである。もちろん動物以外に対する命名規約として国際藻類・菌類・植物命名規約や国際原核生物命名規約があるが、それぞれ独立したものである。だからこそモンシロチョウ属とアセビ属が同じPierisであるなどの異変が生じうるわけだが、実際のところ分類学的な記載では属名、種小名、命名者、公表年が記載されるため大した問題にはならないだろう。まったく同じ学名の植物や動物、原核生物が全く同じFamily nameの学者によって全く同じ年に発表されることなど、天変地異が起こる確率並みに低い……恣意的なものであれば話は別だろうが。

 

さて、話を戻そう。

コモンフグというフグがいる。この種の学名は長い間 Takifugu poecilonotus (Temminck and Schlegel, 1850)であるとされてきた。ちなみに命名者と公表年に括弧がついている場合は、公表されたときは別の属に含められていたことを意味する。

例えばコモンフグの場合、発表された時点ではTetraodon poecilonotusという学名であった。Tetraodonはフグ科Tetraodontidaeのタイプ属であり、かつては多くのフグ科魚類がここに分類されていたが、現在はアフリカの淡水域に生息するナイルフグ等6種が含まれており、その他多くの種が別属として独立している。現在は先述の通りTakifuguに分類されているため、命名者と公表年が括弧で括られているのである。

この国際動物命名規約に基づいて命名されたコモンフグTetraodon poecilonotusの記載は11個体の標本に基づいていた。つまりタイプ標本が複数ある状態であり、このようなタイプ標本を単一のタイプ標本であるホロタイプに対してシンタイプと呼称する。この行為自体は決して悪いものではなく、むしろ発表当時の19世紀ヨーロッパの分類学ではホロタイプを指定するという習慣がなかったために当然のことだった。しかし残念なことにこの11個体のシンタイプには、コモンフグではないクサフグTetrodon alboplumberus (当時の学名)が5個体混じってしまっていたのである。

本来、シンタイプに同一種でない個体が混じっていた場合は正しい種の標本を選定し、レクトタイプとして指定することで問題を解決する。当然、当時のシンタイプであふれていたヨーロッパの分類学を正すべく後年の分類学者たちはシンタイプからレクトタイプを指定する作業を行っていた。そしてコモンフグもレクトタイプが選定されたわけであるが、なんと選定者のBoesemanというオランダの魚類研究者があろうことかクサフグである個体をレクトタイプに指定してしまったのである。クサフグがシンタイプに混じってしまっていたことは先述したが、この事実は当時はまだわかっていなかった。このため、このような悲劇が生まれてしまったのだ。かくして哀れコモンフグは学名を失ってしまった。

対してクサフグには当時からTetrodon alboplumberusという学名があり、コモンフグの学名が提唱されるより5年早く命名されていた。このため本来コモンフグを指していたTetraodon poecilonotus という学名はクサフグのシノニム(新参異名)となってしまった。

 

その後、松浦啓一氏が2017年にコモンフグの学名をTakifugu Flavipterus として指定、というより新種報告という形で提唱したためこの混乱は収まった。なんともややこしい。

ほかにもフグにはトラフグ属の名称などの混乱が多数あるのだが、今回は割愛しよう。院試の勉強以外のことは、ほどほどに。